サイトにあげるまでもないSSおきば
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古びたアパートの扉の前で、かれこれもう五分も悩んでいた。
日も沈みきってはいるが、夜が更けたとは言いがたい時間帯。通りを二本も移ってしまえば明るさが保たれているだろうが、この辺りは“夜型”の少ない地区らしく、生活に伴う光も音もかなり控えめだった。
そんな場所だから、当然人目はない。ないのだが、五分もアパート前にとどまっているのはさすがに気が引けた。
まだ春になったばかりで、日没から気温はにわかに下がり始めている。このまま立ち尽くしていてもただいたずらに体を冷やすだけのことは明白だった。
ごくりと生唾を飲んで、扉を押し開ける。
古い見た目の割に、金具の軋む音もなく、滑りもなめらかだ。暗いホールには貸し住居の玄関扉が二つと上下階に続く階段。この町ではよく見る形のアパートの造りだ。
おそるおそる踏みしめた床も、やはり音は鳴らない。古い床板は張り替えた様子もないので、最新の防音魔法かなにかがアパート全体に施工されているのだろう。
近所迷惑にならないことが分かれば、足取りも多少は軽くなる。階段を上がり、最上階の三階へ。南の通りに面した部屋が目的地だ。
黒ずんだ扉には、簡素な看板がかけられている。
「CLOSED
OPEN 10:00〜19:00」
分かっていたことだった。アパートの前で五分も悩んでいたのはこれが理由だった。
ため息を一つ。明日朝一で出直そう。
踵を返そうと半歩引いた瞬間、「CLOSED」の看板をかけた扉が内側から開かれた。
「いらっしゃいませ」
平坦な声がした。
メイド服を来た自動人形(オートマタ)がそこに立っていた。
「旦那様がお待ちです」
有無を言わせぬ口調で自動人形が告げる。
営業時間外にも対応してくれるのはどうしてなのか? という当然の問いに対しても、答えてはくれないのだろうと妙な確信がある。
半歩引いていた足を戻し、促されるまま入室。
アパートの一室らしい短い廊下を抜けると、思ったより広い居室に一人がけソファが向かい合って二脚。少し離れた暖炉の前で、ロッキングチェアに揺られているのがこの部屋の主らしい。
「すまないね。客を迎えるというのにこのような格好で」
男は風呂上がりと思しきナイトガウン姿だった。その上、目元から額は柔らかい紙製の使い捨てアイマスクで覆われていた。表面には、魔法陣特有の淡い光が浮かびあがっている。そういえば、新作で治癒魔法つきの三つ目仕様アイマスクが出ていたな、とどうでもいいことを思い出す。
ひとまず、閉店後の来訪を詫びる必要があった。半ば定型文のようになってしまった挨拶に対して、部屋の主はひらひらと右手を振る。
「招き入れたのはこちらの方さ。この状況でも迎えねばならない、と私が判断したという理解をしてもらえればそれでいい」
そう言う間に、自動人形が椅子と小さな机を用意していた。腰かけると、柔らかな香りのする薄い色のハーブティーがすぐさま机上に配膳される。
普段来客用に使っているはずの一人がけソファを使わないのは、今が営業時間外だからか。部外者には判別のつかない魔術的な意味合いを持たせているのかもしれない。己の行使する魔法を補助するため、“依頼者”との会話を一種の儀式として扱っている可能性もある。
「春になったとはいえ夜は冷えるだろう。まずはリラックスして欲しい。私の“目”を曇らせる要素を減らすためにね」
放っておいたらいつまでも話していそうな流暢な口調とよどみない声音は、いっそ安心感すらある。
眠気を誘いそうな香りのハーブティーを一口。ちらりと伺うと、紙製アイマスクの発する魔法陣の光は先程よりも弱くなっていた。
「これは素晴らしい新商品でね。三つ目用サイズを作ってくれたのはもちろんだが、魔眼にも効く治癒魔法が組み込まれているのが大変ありがたい。惜しいのは、私がこの後すぐに眠りにつけないことだけかな」
言いざま、男は親指をひっかけてアイマスクを持ち上げた。下の二つ目は閉じたまま、額で鮮やかな青がこちらを射抜く。
魔眼を持つ安楽椅子探偵。その素質と職業を兼ね備えるのは珍しいことではないが、未来視と読心を兼ね備える魔眼は希少だ。
その魔眼の力でもって、男はあっさりと話を進めていく。
「それでは聞かせてくれ、私より先を視るものよ。あなたがなにを“視”たのか」
日も沈みきってはいるが、夜が更けたとは言いがたい時間帯。通りを二本も移ってしまえば明るさが保たれているだろうが、この辺りは“夜型”の少ない地区らしく、生活に伴う光も音もかなり控えめだった。
そんな場所だから、当然人目はない。ないのだが、五分もアパート前にとどまっているのはさすがに気が引けた。
まだ春になったばかりで、日没から気温はにわかに下がり始めている。このまま立ち尽くしていてもただいたずらに体を冷やすだけのことは明白だった。
ごくりと生唾を飲んで、扉を押し開ける。
古い見た目の割に、金具の軋む音もなく、滑りもなめらかだ。暗いホールには貸し住居の玄関扉が二つと上下階に続く階段。この町ではよく見る形のアパートの造りだ。
おそるおそる踏みしめた床も、やはり音は鳴らない。古い床板は張り替えた様子もないので、最新の防音魔法かなにかがアパート全体に施工されているのだろう。
近所迷惑にならないことが分かれば、足取りも多少は軽くなる。階段を上がり、最上階の三階へ。南の通りに面した部屋が目的地だ。
黒ずんだ扉には、簡素な看板がかけられている。
「CLOSED
OPEN 10:00〜19:00」
分かっていたことだった。アパートの前で五分も悩んでいたのはこれが理由だった。
ため息を一つ。明日朝一で出直そう。
踵を返そうと半歩引いた瞬間、「CLOSED」の看板をかけた扉が内側から開かれた。
「いらっしゃいませ」
平坦な声がした。
メイド服を来た自動人形(オートマタ)がそこに立っていた。
「旦那様がお待ちです」
有無を言わせぬ口調で自動人形が告げる。
営業時間外にも対応してくれるのはどうしてなのか? という当然の問いに対しても、答えてはくれないのだろうと妙な確信がある。
半歩引いていた足を戻し、促されるまま入室。
アパートの一室らしい短い廊下を抜けると、思ったより広い居室に一人がけソファが向かい合って二脚。少し離れた暖炉の前で、ロッキングチェアに揺られているのがこの部屋の主らしい。
「すまないね。客を迎えるというのにこのような格好で」
男は風呂上がりと思しきナイトガウン姿だった。その上、目元から額は柔らかい紙製の使い捨てアイマスクで覆われていた。表面には、魔法陣特有の淡い光が浮かびあがっている。そういえば、新作で治癒魔法つきの三つ目仕様アイマスクが出ていたな、とどうでもいいことを思い出す。
ひとまず、閉店後の来訪を詫びる必要があった。半ば定型文のようになってしまった挨拶に対して、部屋の主はひらひらと右手を振る。
「招き入れたのはこちらの方さ。この状況でも迎えねばならない、と私が判断したという理解をしてもらえればそれでいい」
そう言う間に、自動人形が椅子と小さな机を用意していた。腰かけると、柔らかな香りのする薄い色のハーブティーがすぐさま机上に配膳される。
普段来客用に使っているはずの一人がけソファを使わないのは、今が営業時間外だからか。部外者には判別のつかない魔術的な意味合いを持たせているのかもしれない。己の行使する魔法を補助するため、“依頼者”との会話を一種の儀式として扱っている可能性もある。
「春になったとはいえ夜は冷えるだろう。まずはリラックスして欲しい。私の“目”を曇らせる要素を減らすためにね」
放っておいたらいつまでも話していそうな流暢な口調とよどみない声音は、いっそ安心感すらある。
眠気を誘いそうな香りのハーブティーを一口。ちらりと伺うと、紙製アイマスクの発する魔法陣の光は先程よりも弱くなっていた。
「これは素晴らしい新商品でね。三つ目用サイズを作ってくれたのはもちろんだが、魔眼にも効く治癒魔法が組み込まれているのが大変ありがたい。惜しいのは、私がこの後すぐに眠りにつけないことだけかな」
言いざま、男は親指をひっかけてアイマスクを持ち上げた。下の二つ目は閉じたまま、額で鮮やかな青がこちらを射抜く。
魔眼を持つ安楽椅子探偵。その素質と職業を兼ね備えるのは珍しいことではないが、未来視と読心を兼ね備える魔眼は希少だ。
その魔眼の力でもって、男はあっさりと話を進めていく。
「それでは聞かせてくれ、私より先を視るものよ。あなたがなにを“視”たのか」
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プロフィール
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射月アキラ
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性別:
女性
自己紹介:
一次創作・オリジナルなファンタジー小説書き。
普段はサイトで好き勝手書き散らしているが、そこでページ作るのもめんどいと思ったらこっちで好き勝手書き散らす。短い話はだいたいこっちに投げられる。
褒めても喜びけなしても喜ぶ特殊体質。
ついった:@itukiakira_guri
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ついった:@itukiakira_guri
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