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サイトにあげるまでもないSSおきば
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 ひどい雨だった。
 本当にこれだけの水が空の上にあったのか、と疑問を抱いてしまうくらいだ。粒の大きな雨が、絶え間なく降り注いでくる。
 おかげで視界はすこぶる悪い。
 落下の途中から、地面で弾けて流れるまで。雨粒は、視界のノイズとして充分すぎるほどに役割を果たしている。雨自体は色を持っていないはずなのに、街がうっすら白く染まっているようにすら見えてくる。
 目元に当たるはずだった雨粒を避けるという一点に限れば、気休めにかぶったフードは意外にも健闘していた。
 とはいえ、こんな日が外出に向くはずもない。もちろん、雨の中を出歩いているのにはしっかりとした理由がある。
 端的に言えば仕事だ。
 気が向かないが、必須の。
 人通りのない道を歩きながら、懐から愛銃を取り出す。続けて銃口に消音機をつけ、安全装置を外せば準備は完了。
 重苦しい金属色が雨に濡れる。
 誰かから銘を聞いた気もしたが、とっくに忘れた。
 撃ち出せる弾丸の口径さえ覚えていれば、別に不便はない。
 指定の路地を曲がる前に、建物の陰で足を止めた。
 地面に目をやると、流れる水の中にうっすら赤がにじんでいる。
 果たして、それが敵と味方とどちらのものなのか──疑問を抱く間などない。
 敵のものならば、自分が呼ばれる理由がないのだから。
 通りへ銃口を向けながら、角を曲がる。
 赤かった。
 建物の外壁や地面に飛び散った赤が、叩きつける雨で薄められながら流れていく。
 それは血の川のようで、事実、流れているのは大量の血液だった。
 なら、地面に落ちた赤黒い肉片は、死体か。
 肉と骨と内臓と毛髪と衣服と銃が、全てバラバラになってあちらこちらに散らばっている。
 雨の影響か、目に飛び込んでくる情報に対して、ただよう血の匂いが薄すぎる。気味の悪さすら感じてしまうほどに。
 そんな死地の中。唯一立っている人影は、小さく、細い。
「あれぇ? まだ生きてたの?」
 舌足らずな口調も、高い声音も、主の幼さを確定させるに十分だった。
 路地裏に立っていたのは、一人の幼い娘だ。飛び散った血肉にひるむ様子もない。それどころか、向けられた銃口を嘲るような口調で言葉を継ぐ。
「いっぺんに殺されちゃえばよかったのに」
 ぱしゃり、と娘の長靴が水溜まりを蹴った。
 血混じりの雨水が、転がった鉄塊の上に落ちる。銃のグリップに見えるそれには、元は手であっただろう肉の塊と、骨のかけらがこびりついている。
 娘が持っているのは、閉じたままの傘だ。骨が一本だけ外側に折れているせいで、中に大量の雨水が入り込んでいる。
 雨に降られるまま、濡れた髪の毛は高い位置の二つ結び。その下に、青い石のピアスを付けた、尖った耳が生えている。
 ──エルフ族。
 自分が呼び出されている時点で分かりきっていたが、尖った耳を視認した途端、体に緊張が走った。
 細く息を吐いて、半分ほど緩める。
「ふぅん。死なないつもりなんだ」
 呆れた、とでも言うような口調で、娘は言う。
 銃口が向けられている、という事実など、娘の感情を動かすに足るものではないらしかった。とはいえ、雨に濡れた路面に転がる肉と鉄の塊を見れば、それも頷ける。
 音速で飛ぶ弾丸程度、娘の駆使する「技術」にとっては脅威にならない。
 故に、娘が骨の折れた傘を回して、順手に持ち直してもトリガーは引かなかった。
 今は攻撃のときではない。
 銃を持った人間を大勢殺した、その上なにをしてくるのかも分からない相手に、先手必勝など通じるはずもない。
 極度に集中した視覚が、雨の中に動く影を捉えた。
 娘のそれではない。
 背丈は倍。大の大人が、娘の背後に現れ、銃口を向ける。
 生き残りか──と、影の正体を悟ると同時、体を動かしたのは本能染みた危機感だった。
「〈私は奪う〉」
 やかましい雨音と、自らの足が蹴立てる水音の隙間で、高い娘の声がした。
 娘が振り向きざまに向けた傘の先は、狙いすましたかのように銃口にぴたりと重なる。傘の中に溜まっていた雨水が、まとめて路面に落ちて破裂した。
 視界から外れるように動いたせいで、娘の表情をうかがい知ることはできない。
 代わりに、死を予感したらしい生き残りの男が、体を引きつらせて震えるさまは、嫌味なくらい鮮明に映る。
 尖った耳で、青い石が輝いた。
「〈雨粒が落ちゆく未来を私は奪う。水滴は刃となり、汝の災いとなれ〉」
 娘が言葉を紡ぎ切った途端、人体が炸裂した。
 皮膚が一瞬で裏返ってしまったような、赤い血と肉の露出。死体の一部が飛び散って、ようやく男を襲ったものが見えるようになった。
 氷の棘。
 幾度も枝分かれして肉体の内側から食い散らかす死の棘が、男のいた後に残されていた。
 それも数秒。支えのない氷は自重で崩れ、娘と傘だけが残る。
「魔学も理解できないおバカさんが」
 ぐるり、と振り返った娘は、見開いた目でこちらを捉える。
 被った血や肉は、空から降り注ぐ雨で流れ落ちていくところだった。
「あたしに勝てると思ってんのぉ?」
 続いて、傘が振り回される。
 その先端が狙いを定める前に、銃口を下に向けて地面を蹴る。
「〈私は奪う〉」
 枝分かれして襲いくる氷の棘が、頬をかすめていった。
 切り傷からわずかに血が流れるものの、命中と言えるほどではない。
 人体に刺さるはずだった棘は、中空にわずかに留まり、無色のまま路面に叩きつけられた。
「な……」
 娘の驚愕は、こちらが体勢を立て直すのに十分な隙を作る。
「……んで……! なんで生きて……!」
 そして、隙をみすみす見逃す理由は、こちらにはない。
 ようやく攻勢に出るときが来た。引き金を絞る。
 戸惑うばかりの娘の右耳で、赤が散った。
 甲高い悲鳴。傘を取り落として耳を抑える娘に構わず、もう一発。今度は左耳のピアスを吹き飛ばす。
 狙いを違えたわけではない。元より、こちらには殺意など微塵もないのだから。
「ひ……ぐ……あんた、石、分かって……!?」
「魔学者なんざ、この町じゃ珍しくもないからな」
 銃口は娘へ向けたまま、ゆっくりと歩み寄る。
 あっけないほど、簡単だった。
 まださほど世界を知らない魔学者など、この程度のものだ。
 魔学──触媒の未来を奪う技術を極める中途に立ち、また歳が若ければ若いほど、自分を全能だと思いがちだ。
 それをわずかでも揺るがしてしまえば、致命的な動揺は簡単に引き出せる。
 もっとも、世間知らず相手にしか通じない手ではあるが。
「安心しろ、依頼は殺しじゃない」
 耳を押さえる娘の喉が引きつって、短い悲鳴が漏れる。
 死よりも恐ろしいものがあることくらいは、知っているらしい。
「首領は町で暴れる魔学者の生け捕りを望んでいる。言い訳か、取引でも考えておくんだな」
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射月アキラ
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一次創作・オリジナルなファンタジー小説書き。
普段はサイトで好き勝手書き散らしているが、そこでページ作るのもめんどいと思ったらこっちで好き勝手書き散らす。短い話はだいたいこっちに投げられる。
褒めても喜びけなしても喜ぶ特殊体質。
ついった:@itukiakira_guri
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