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サイトにあげるまでもないSSおきば
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 夕日の色が赤ならば、朝日の色は青だと思う。
 太陽が昇りきっていない間、街の色はどこか青みがかって冷たい。夜の色が尾を引いているせいか、それとも街が眠りから醒めきっていないせいか、単に季節のせいなのかと言われれば、間違いなく最後の選択肢が科学的で現実的なのだが、できれば一番目か二番目であってほしい、と私は思う。
 科学も現実も、ハッキリしていればしているほど、私に安心感を与えてくれるものではある。分かりやすく、単純にものごとを確定してくれるのは、確かに安心以外のなにものでもない。
 けれども。それが楽しいか、楽しくないかは別の話。
 尾を引いて残る夜も、寝覚めの低い体温を具現化したような街も、私のバカげた妄想でしかない。が、そう思っていれば徹夜明けの朝日という苛立ちと憂鬱の根源も愛しいものになるはずだ。
 ごつり、と鈍い音をわざとたてて、私は冷え切った窓ガラスに額を当てる。一晩の間に発熱能力の弱まった体は、必要以上に寒さを訴えて芯から温度を下げていく。脳の真ん中へ突き刺さるような冷たい鈍痛。これは、目に刺さる青い光のせいなのだろうか。それとも、痛覚神経を誤作動させる窓ガラスの冷たさのせいだろうか。
 あまりに、寒い。あまりに、冷たい。
 夜明け前が一番冷えるとは言うものの、新たな始まりと言うべき朝が、一日の誕生と言うべき朝が、こんなにも冷たくていいのだろうか。
 街はいまだに動き出さない。
 動き出してはくれない。
 止まっている。停止している。停滞している。
 私以外の生物が止まり、地図から名前が消えた街は、いつまで経っても目覚めはしない。
 死も逃亡も許さず、私を軟禁し続ける街は、眠っているのではない。
 この街は死んでいる。この現実が夢か妄想なら、どれだけ心が楽だったことだろうか。

お題:明け方の街
by フリーワンライ企画さま @freedom_1write
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 なんで目覚めてしまったのか、自分でもよく分からない。
 意識を取り戻して最初に知覚したのは鉄の味だ。次に寒さを感じて、身じろぎしようとして手足の感覚が薄いことに気がついた。視界がぼやけているのも、どうやら脳が目覚めきっていないから、というわけではないらしい。
 考えてみれば、たしかにおかしな話だ。
 意識を手放す前に感じていた痛みが、今はやけにおとなしい。
 痛覚を司る神経が死んだのか、あるいは脳内麻薬がそれなりの役目を果たしたのか、俺には判別がつかない。
 分かることと言えば、すぐそこに冥府が近づいていることくらいだろうか。
 ひどい死に様だな、と思わないこともない。ただ、理不尽な死ではなかった。
 少しヘマをしただけだ。
 相手を間違えた。力量を見誤った。一時の感情に身を任せた。
 言葉にすればたったそれだけの、しかし言葉通りに致命的なミス。
 バカな自分を慰めようと笑んでみても、咳のような息が吐きだされただけだった。
「──生きてるの?」
 まさか、その咳に応えるやつがいるとは思わない。
 幻聴だと思った。声に聞き覚えはないが、先に逝った知り合いの誰かが手招きしてるんだろう。残念ながら、そこまでされても行きつく先は同じだ。こっちから向かってるんだから迎えになんざ来なくてもいい──と、無駄な軽口さえ思い浮かぶ。
 けれどもどうやら、声の主は実体を持って生きているらしい。
 視界に入ってきたのは白だった。
 ぼやけた目には刺激が強い。さっきまで目に入っていたのが薄汚れた天井だけだったのだから、なおさらだ。
 細部は見えないが、声から察するに女、それも成長し切ってない少女だと思われた。ではなぜ頭髪が白いのか、という疑問は残るが、肌の色が白すぎることにはなんとなく答えが出る。
 輪郭が人間のそれではない。
 と言うと大げさだが、尖った耳が横に突き出た独特の輪郭は、確かに人間のそれではない。
 エルフ族。
 よりにもよって。
 古くさい差別意識など抱かないように生きてきたつもりだったが、今回ばかりはそうもいかない。
 相棒を殺し、俺の腹に穴を開けて薄汚い部屋に投げ込んだのは、エルフ族の男だった。
 たったそれだけでエルフ族全てを憎むほど単純な頭はしていないが、死にかけた今だけは尖った耳を見たくないと思っても許されるだろう。自分の死を看取るものがいるだけ幸せだと思うべきなのだろうが。
「動けない?」
 白いエルフが問うが、そもそも答えることすらできそうにない。声を出すだけの深い呼吸さえできず、微かな咳を出すのが精一杯という体たらく。
 俺から答えがないと知ると、エルフは消えていった。灰色の天井だけが残る。
 あとどれだけ血を流せば死ぬのだろうか。
 ただ寝転んでいることしかできないのに、覚醒してしまった意識だけが回転を続けている。
 相棒は死んだ。
 相棒と言うのもおこがましい、優秀な捜査官だった。
 死と縁遠い職場ではないが、死ぬのを想像できないようなやつだったことは確かだ。
 そんな男が、死んだ。
 あっけないものだった。エルフ族の男はヒトならざる速度で移動して、相棒を殺した。退くという判断を下さなかった俺の腹を刺した。死体置き場のような部屋に投げ込んだ。
 多少の知識はつけたつもりだったが、どうやら俺はまだ魔学というものを理解できていなかったらしい。
「あなたも私を置いて死ぬ」
 姿は見えないが、白いエルフの声は平坦にそんな言葉を紡いだ。
「レオパールと同じ。でも、それなら」
 豹? と内心首を傾げる暇もない。
 ずり、と重いものを引きずるような音が聞こえてくると同時、エルフの手が俺の体に触れた。
 寒気が全身を駆け抜ける。血を失った体温の低下などものともしない心理的な冷たさが脳髄を揺さぶっている。
 エルフ族は、差別と迫害から身を守るために魔学という学問を見つけ出した。
 科学と対をなすそれは、当然ながら敵対者たるヒトに開示されることもなく現在まで秘匿されている。俺と相棒が追っていたエルフ族の男は、魔薬学──薬を作りだす魔学によって強いドラッグを作成、販売しているとして捜査線上に浮かんだ人物だった。
 では、ここにいる少女は。
 白いエルフは、一体なんの魔学を極めているというのか。
「私を恨んだら、殺してもいいから。レオパールのいない命なんて、意味ないから」
 涙声で言うエルフに、答える術はない。
 見えない位置でエルフが作業を進めると、灰色の天井以外のものが視覚できるようになってきた。ぼやけた視界とは別に、イメージが網膜や脳に直接叩き込まれる。
 見えてきたのは、黒い豹だった。
 体毛も瞳も爪も、光を吸い込みそうなほどに黒い、一匹の豹だった。
「……〈私は奪う〉」
 エルフが絞り出すように告げる。
 遮ることはできない。体は言うことを聞かず、精神は黒豹の視線に縫いとめられて抵抗をやめた。魔学への嫌悪感も嘘のように流れていった。
「〈私は奪う。屍が糧となり、土となる未来を私は奪う〉」
 黒豹の瞳はむしろ穏やかだった。波ひとつない水面のような平静さで、まっすぐに俺を見つめ続ける姿は、肉食獣というより草食動物に近い。あるいは、知性を持つヒトに。
「〈私は奪う。命が絶え、生が終わり、屍となる未来を、いまこのときだけ私は奪う〉」
 レオパール。
 エルフが呼んだのは、この黒豹だったのだろうか。
 だとすれば、これは、
「〈屍と命は混じりあい、私の──〉」
 エルフの言う屍と命は、
「帰ってきて……レオ」
 豹の名が呼ばれた瞬間、俺の意識は電源でも切られたかのように再び闇に落ちた。
 もう一度目を覚ます、なんてことがあったら、そのとき俺はすでに人間ではないのだろう。
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プロフィール
HN:
射月アキラ
性別:
女性
自己紹介:
一次創作・オリジナルなファンタジー小説書き。
普段はサイトで好き勝手書き散らしているが、そこでページ作るのもめんどいと思ったらこっちで好き勝手書き散らす。短い話はだいたいこっちに投げられる。
褒めても喜びけなしても喜ぶ特殊体質。
ついった:@itukiakira_guri
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