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「ノックス覚醒まで残り五分」
平坦な女の声を聞きながら、レクレスは荒れ果てた市街地に突入した。
極限まで抑えられたバイクのエンジン音は、風にかき消され、ヘルメットに遮断されて聞こえない。ただ、腰から伝わる振動からして、これ以上の速度が出せないことは明らかだった。
かつて住宅街だった場所は、すでに廃棄されて久しい。
管理されていない道のひび割れや瓦礫を考慮すると、現在の速度を出すだけでも十分危険な行為だった。
「眠り姫のお目覚めまでに間に合うかねぇ?」
レクレスが問うと、ヘルメットのスピーカーから即座に返答。
「まず不可能でしょう。ノックスは眷属持ちです。交戦準備を」
「やれやれ、まずは取り巻きからか」
嘆息混じりに言ったレクレスの視界で、鮮やかな赤が光る。
フルフェイスヘルメットの内側に表示されたのは、廃墟の中の熱源反応──ドラゴン・ノックスの眷属たちの反応だ。
反応は一つに留まらない。レクレスが道を進むにつれて、赤は次々と数を増やしていく。それが十五を超えたところで、赤色は一斉に姿を消した。搭載されたAIが、熱源反応の表示機能を切ったのだ。
視界に残されたのは、相変わらずの廃墟群。
「手厚い歓迎だな」
言いざま、レクレスは右手を腰の後ろへ。
ホルスターに収めていた銃を抜く。
同時、住宅を破壊して現れた一頭を皮切りに、次々と眷属たちが立ち塞がった。
翼の生えた蛇の姿をした眷属は、まっすぐレクレスへ向かって突進。彼我の距離は急激に縮まっていく。
その毒牙が届く前に、レクレスの右手が引き金を引いた。
熱を排する白煙と共に、熱線が射出される。
狙いを違えるようなヘマはしない。大きく開かれた眷属の口の中に吸い込まれたエネルギー弾は、体内を焼き尽くして消失。眷属は力を失ってレクレスの後方へ墜落する。
屠った屍に目もくれず、レクレスの意識は次の標的へ。
際限なく現れる眷属にエネルギー弾を撃ち続ける。
「覚醒まで三分」
「ノックスちゃんのアラーム止めといてくれよ、ダスク」
「いくら私が有能な人工知能でも、そのような機能はありません」
「だよなぁ」
銃が吐き出す白煙の尾を引きながら、レクレスは荒れた道を走る。
周囲の建物は徐々に高さを増し、居住よりも商業の色が強くなっていた。朽ち果て、植物が這った看板があちこちに落ちている。
永らく打ち捨てられた、人間の生活の痕。しかし感傷に浸る暇はない。眷属たちはそれらを蹴散らし、休みなくレクレスに襲いかかってくる。
「ったく……邪魔、すんな!」
連続でトリガーを引いた銃身から、大量の白煙が噴出する。
周囲の眷属を一掃して、レクレスは視線を上に向けた。
遠く、ひときわ高い建物の先端に、巨大な影が居座っていた。
オブジェと言うには生々しく、禍々しい。
それは、四肢と翼を丸め、深い眠りについた漆黒のドラゴン──ノックスだ。
全身を縛る鎖が、胸元に固定された時計に繋がっている。
針が指す時刻は一一時五九分。
とはいえ、時計が表す時刻は現実のそれではない。
ノックスの時計が一一時五九分を指したのが確認されたのは、今からおよそ一週間前なのだから。
「残り三十秒」
ダスクの合成音声と共に、ヘルメットの内側へカウントダウンが表示。
レクレスは銃をホルスターへ戻してバイクのギアをあげる。
加速したバイクは道路のひび割れで跳ね、細かな瓦礫を蹴散らしていく。バイクに搭載したAI・ダスクの補助はあるものの、レクレスの姿勢制御ひとつですぐさま破綻する走りだ。
警告音が鳴る。
「切れ」
「あなたに死なれては私が困るのですが」
不満を口にしながら、ダスクは指令を遂行。
再び静けさを取り戻したヘルメットの中で、レクレスが舌打ちする。
「できれば封印中にぶっ殺しておきたかったんだがなぁ」
その視界では、ノックス覚醒のカウントダウンがゼロを示していた。
カチリ、とドラゴンに抱えられた──ドラゴンを戒めていた時計が針を進める。
ぴくりとも動かなかったノックスが、そこで初めて身じろぎした。
次いで、時計から伸びた鎖にひびが入る。
黒い体を揺り起こし、ノックスはついに目を開いた。虹彩は、うろこよりさらに深い黒。
形を持った影のような姿を前にして、レクレスの口元は笑みを作っていた。
本当に「楽しんで」いるのか、それとも恐怖をごまかすための笑みなのか、レクレス自身にも判別がつかない。
「二〇年と五ヶ月の封印期間終了。暗夜の黒竜〈ノックス〉の覚醒を確認しました」
坦々と、ダスクは告げる。
二〇年と五ヶ月。
それは、過去の人類が「ノックス」と名付けたドラゴンを倒すのに必要と判断した時間だ。
技術が進歩すれば、全てのドラゴンは打ち倒すことができる。
であれば、現代の技術で倒せないものは、都市ごと封印して未来に託そう──時計を用いた時限式の封印は、ドラゴンとの戦いを諦めない人々が抱く希望の結晶である。
「能力値測定──完了。再封印の必要はありません。廃棄都市の奪還を開始してください」
ダスクの言葉と共に、ノックスの体を戒めていた鎖が砕け散った。
飛来する鎖の欠片を避け、レクレスはさらにノックスへ接近。ほとんど真下に来たところで、ノックスが丸めた全身に力を入れるのが目に入る。
「ダスク、援護頼む!」
レクレスが要請した直後、ノックスは翼を広げざまに咆哮。
大気が振動する。空気の塊が圧になって襲いかかる中、それでもレクレスはブレーキを握らなかった。
どころか、ハンドルすら手放す。
後方に向けて飛び降りたレクレスは、代わりにバイクのボディに埋め込まれた『柄』を掴む。勢いを殺すことなく抜刀されたのは、細身の長剣。
さらに、走り続けるバイクは構成する金属を流動させていく。
搭載されたダスクの指令の元、液体金属の流動性を取り戻したボディはもうひとつの姿──砲身の形をとる。
レクレスが着地する頃には、バイクだったものは自律移動砲台に姿を変え、最適な射撃位置への移動を開始していた。
剣を肩に担ぎ、レクレスは黒竜を見上げる。
視線の先で、天を仰いでいたノックスが顔を下に向ける。闇を凝縮したような漆黒の瞳と、目が合ったような気がした。
スモークガラスの風防を跳ね上げる。
「久しぶりだなぁ、ノックス」
睨むレクレスの瞳は、光を束ねたような黄金色だった。
「返してもらうぜ、この町をよぉ」
#指定された曲のイメージでお話書く
Clockwork Dragon
不老不死、黄金の精製、人間の創造を目的とする、変人だらけの錬金術師。その中でも、男は飛び抜けておかしなことをやらかすらしい。
いわく、なにかしらの実験をしていたと思ったら、その途中で材料を探しに山へ向かう。
いわく、何日も家を留守にしていたと思ったら、ふらりと帰ってきて何日も出てこない。
話を聞くだけでも、彼の行動に統一性や計画性などどこにも見当たらない。
錬金術師は科学者である。
世界の理を探り、その秩序だった真理を見出すという考えを持った錬金術師の中で、男の無秩序性は当然ながら嫌われている。
彼の住み家に訪問するはめになったのは、単なる偶然、運命の巡りあわせによるとしか言いようがない。
あるいは単に、つい面倒ごとに首を突っ込んでしまう悪癖の故か。
「本当に、ありがとうございました」
そう言って頭を下げるのは、琥珀の瞳を持つ女だった。
謝辞は二度目。最初は、街道で山賊に襲われかけていた彼女を助けたときに。
今回は、「礼がしたい」と言う彼女に、森の奥にあるという屋敷へ案内されているときだった。
「何度も通っている道なのですが、最近は物騒な人が多くて」
困ったように言う女。
しかし、物騒な人間が増えるのにも理由があった。
戦だ。
ひと月前、隣国で若い王が即位した。若さ故の過ちとはよく言うが、血気盛んな若き王は自国の拡大を、すなわち戦を求めた。
結果、この国は若さ故の過ちのとばっちりを受けている。
まだ戦いは本格化していないものの、物価は徐々に上昇しているし、盗賊まがいのことをする者も増えた。
自分のような傭兵がこの国に来たのも、ひとえに戦の──カネの気配を察したからだ。
だから、通り慣れた道とはいえ、女が一人で道を歩くのは無防備にすぎる。
そう指摘すると、「そうですよね」と女は一度頷いた。
「でも、これは私の機能ですから」
……機能?
女の言葉選びに違和感を抱く。問い直す暇は与えられなかった。
「見えてきましたよ」
数歩前を歩いていた女が、こちらを振り返って微笑んだ。
その瞳は、薄暗い森の中にあっても煌めいているように見える。透きとおるような橙の奥に、深い茶色のもやがかかっているようだ。琥珀色の瞳と言ったが、本当に琥珀を光彩に埋め込んでいてもおかしくない。
宝石類で飾りたてる舞踏会の貴婦人方が、嫉妬に狂いそうな瞳だった。
「あちらが、私の住居です」
女が言葉を続けなければ、ずっと目を奪われていただろうか。
我に返って、引きはがすように視線を動かすと、確かに行く手には一軒の屋敷があった。
周りが開拓されていない割に造りは頑丈そうで、三階建てと背も高い。
ただ、手入れが行き届いていないらしく、外壁はほとんど蔦で覆われていた。
「森に溶け込んでいるでしょう?」
愉快そうに笑う女。
しかし、その笑みを見ても、心のざわつきは収まらない。
自分が首を突っ込んだ面倒ごとは、「襲われていた女を助ける」だけだったはずだ。
それが今、奇妙な屋敷を前にして、甘い憶測だったことを思い知らされる。
こんな場所に住んでいる人間が、「助けてくれた礼がしたい」などとまともなことを言うだろうか?
振り返って走り出せば逃げられる。そうするだけの理由と感情は揃っているというのに、自分の体は女の背中を追っていた。
あの瞳。
琥珀と見紛う瞳は、邪なる眼だったのか。
体が思い通りに動かない代わりに、思考は回転を速めていった。
錆びた蝶番の音も、地下室へと向かう女の足取りも、思考が悪い方向へ転がり落ちていくのを助けている。
「旦那様」
女の呼びかけで、自分の意識は現実へと向けられた。
壁一面の棚に、所狭しと様々なものが並べられている。言語の統一されていない書籍、どこかから削り出したらしい岩石、ガラス容器に入った液体……絵に描いたような怪しげな実験室。
呼びかけに応えて振り返った男は、思っていたよりもだいぶ若い。
「あぁ……ずいぶん待った」
独り言のように、男は言う。
年若い容姿には似合わない、血走った目がこちらを向いた。
そこには狂気が宿っている。
命のやり取りをする戦場で、強制的に血に狂わされる戦士とは別の狂気だ。
世界の真理を、秩序を、法則を、全てを解明しようとする、錬金術師の狂気。
「誇りに思いたまえ。錬金術の極致、人間と貴金属の融合、その第一例になれるのだから」
男の指は興奮に震えていた。
右手で掴んでいるガラス瓶には、白い球が入っている。
「人間の創造、黄金の精製。その先になにがあるか、考えたことはあるかね?」
気味悪く、男は笑う。
ガラス瓶の中で、ころりと球が転がった。その「光彩」がこちらを向く。
眼球だ。
わずかな光すら反射して輝く、貴金属の瞳がこちらを向いていた。
──本当に琥珀を光彩に埋め込んでいてもおかしくない。
女の瞳に抱いた印象が、にわかに現実味を帯び始める。
依然、体は動かない。
目の前に迫る脅威を避けることができない。
「まぁ、君は考える間もなく、体感することになるがね」
言いながら、錬金術師の男は手をこちらへのばしてきた。
特殊な器具を持っていないのが、むしろ恐ろしさを助長する。
かぎ状に曲げた指が自分のまぶたを持ち上げ、そして──
普段はサイトで好き勝手書き散らしているが、そこでページ作るのもめんどいと思ったらこっちで好き勝手書き散らす。短い話はだいたいこっちに投げられる。
褒めても喜びけなしても喜ぶ特殊体質。
ついった:@itukiakira_guri