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サイトにあげるまでもないSSおきば
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 恐ろしいほどに寝覚めがよかった。
 悪夢に叩き起こされる日々が続いていたからかもしれない。泥沼から引きずり出された意識が体に戻ってきたような、ほどよい倦怠感すら伴う朝は久々のことだった。
 このまま倦怠感に任せていてもよかったのだが、幾分冴えてきた頭が違和感を訴えてくる。
 まず、気温は低くなるばかりの季節だというのに、妙に暖かい。
 そもそも、自分のものではない呼吸音がする。
 というか、隣で誰かが寝ている。
「────っ!?」
 後先を考える間もなく、ほとんど反射的に上半身を起こした。冷たい空気が身に沁みる。
 案の定直後には血が不足した頭が痛みを発して、耐えている間に隣の誰かが身じろぎ。どころか、掛けていた布団まで引っ張って、
「……………………さむい」
 不満げに言って二度寝の姿勢に入る。
 いや待て。
「起きろ」
 とっさに出した膝は、感触からして相手の腰骨に当たったらしい。
 うー、とうめく声を聞きながら、一応周囲を確認する。いつも通りの視界。問題なく自室だった。
 振り返って見れば、布団の下からうめき声とともに出てきたのは赤みがかった黒い髪だった。前髪が長すぎて、顔の右半分は見えない。残った左半分も、目元をこする手でほとんど隠れてしまっている。
 顔立ちは分からない。だが、知り合いだった。
 アディ。異世界から来たと自称する、殺しが嫌いな殺し屋。
「あ、おはよう十三番」
 ──には見えないのが現状だが。
 気の抜けたというか、力の抜けたというか、とにかく隙だらけの笑顔を浮かべる姿は、やはり第一印象と合致しない。
 少なくとも今目の前にいる人物は、考えるより先に、本能的に戦闘態勢に入ることを強いられるような相手ではない。
 二重人格を疑ってもいいところだったが、今はそんなことより重要なことがあった。
「あぁ、おはよう。で……アディ、なんでここにいるんだ」
 二つの意味で。
「え? だって一緒に寝たらあったかいよ?」
「…………」
「それに、なんかすごい寒かったし」
「………………今ものすごく頭を抱えたい気分だ」
 頭痛がするのは気のせいだろうか。
 アディの第一印象との差異は広がるばかりで、まるで留まる気配を見せない。
 むしろ第一印象が誤っていた──というか、特殊な状況下にあったと言った方がいいのか。
 第一印象がなくても、見た目と発言の差異が大きすぎるのだが。
 おまけに、頭に柔らかい感触。
「なんだそれは」
「えっと、クマさん?」
 視線だけそちらに向けると、茶色いぬいぐるみが見えた。
 見覚えがない。というか、「クマ」からは想像できない、見るからに子ども向けのぬいぐるみだった。察するに、アディの私物か。
 そのぬいぐるみの腕で頭を撫でているつもりらしい。
 振り払うのもためらわれてそのままにしていると、アディが先に口を開いた。
「夜、うなされてたね」
「────」
 思わず顔を上げると、ぬいぐるみと一緒に手をひっこめたアディがこちらを向いていた。
 初めて直接見た瞳は、血の色をしているくせに優しい。
「よく眠れた?」
「……すさまじく」
「じゃ、一泊分のお返しはできたかな」
 前回の意趣返しだ、とでも言うように、アディの顔は誇らしげだった。
 ただ、このままでは少しばかり割に合わない。
「朝の紅茶くらいは淹れてやる」
 安眠代は、一泊の宿代より高い。



ハッシュタグ #朝起きたら隣りによその子が寝ていたときのうちの子の反応

月景さん(サイト:はんだごて)とうちの十三番でコラボ2
 へのリターンでした。
アディさん聖母尊い

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 眼下には鬱蒼と茂る森が広がっていた。
 落下しているというのに内臓が持ち上げられるような感覚を覚えるのは、慣性かなにかの影響だろうか。意地汚くその場に留まろうとする俺の肉体を、重力は遠慮なく掴み、引き寄せてくれる。
 自殺行為。けれども必要な「身投げ」だった。
 上方、崖の上で急制動をかける馬のいななきが聞こえる。
 次いで落ちてくる砂や小石。どうやら追っ手は、かなりギリギリのところで止まったようだ。
 ヒトの枠などとうに超えた身ではあるものの、騎馬に追われれば追いつかれるのは時間の問題。だから身投げをする羽目になったのだが、落下地点に木や水などはなく、下草がいくらか生えている程度のようだ。このまま落ちれば当然、ただでは済まない。
 身をひねり、肩甲骨から生えた白骨の腕を振るう。掴んだ大鎌の刃を岸壁に突き刺し、落下速度を減衰。
 ガリガリガリガリ! とけたたましく崖を削る刃は、どうにかブレーキの役目を果たしたらしい。着地するころには、軽く膝を曲げるだけで吸収できる衝撃しか残ってはいなかった。
 ひとまず馬の足は止めた。しかし、逃走中の身に頭上を確認する暇はない。
 岸壁から鎌を抜き、まずは次の経路を探すために周囲を改めようとしたところで、
「──誰?」
 問いが投げられた。
 なにかを押し殺すような、低く抑えられた声だった。
 一般人か、と即断するも、安心することはできない。
〈十三番〉の名を背負ったときから諦めていることではあるが、今の自分の姿はお世辞にも人間らしいとは言いがたい。
 肌は青白いを通り越して白く、眼球はすべて黒く塗りつぶされ、肩甲骨から生えた巨大な腕は白骨の身で構成されている。
 生身の両腕を失った身としては便利な「腕代わり」なのだが、そんなことを知る由もない他人からすればバケモノか、よくて死神のように見えるわけで。
 つまり、無駄な戦闘か、あるいは悲鳴を浴びることを覚悟しなければならない。
 ──はずなのだが。
 今回ばかりは勝手が違った。
 覚悟する暇もなく、体が動く。白腕が鎌を持ち上げる。
 そう命じたわけでもないのに、臨戦態勢を整えている。
「……?」
 理性は疑問符を浮かべていたが、肌からは冷や汗が噴き出ていた。
 声のした方へゆっくりと振り返ると、思ったより背の高い人影が佇んでいる。高い身長と体格の良さから男だと思われるが、とにかく赤黒いという色彩的な印象がまず強い。
 原因は黒いコートだろう。遠目からでも血が染みついているのが分かるのは、死の匂いを嗅ぎとる大アルカナ【十三番】のせいだろうか。次に、顔の右半分を隠す暗い赤毛。濃い色付き眼鏡までかけているから、肌の色がほとんど見えなくなっている。
 その、眼鏡の奥。
 元の色さえ判別できない瞳と視線が合った瞬間に、理性が体に追いついた。
 殺意と呼ぶには純粋すぎるモノが、その目に宿っている。
 殺人欲求? 生ぬるい。もっと根本的な、ともすれば生物的な──殺人衝動とでも言った方が正しい。
 問うた声が低く抑えられていたのは、死神のような俺の姿に恐怖しているのだと思っていた。
 違う。彼は自分の衝動を押し殺している。
 となれば、彼はこの場にいるべきではない。おそらく、追っ手は既に俺の現在位置を知り、向かっているはずだ。
 奴らは対話を受け入れず、理性をもって俺を殺しに来る。追いつかれてしまえば、戦闘を避けることはできない。殺人衝動らしいなにかを抑えている人間にとって、小規模とはいえ戦場という環境は厳しすぎるはずだ。
 俺に向けて殺人衝動を発散させていない時点で、庇うだけの理由は成立する。
「殺しをしたくないと思っているなら」
「!」
 色付き眼鏡の奥で、目を見開いているのが窺えた。
「逃げ──」
「いたぞ!」
 俺が最後まで言い切るだけの間もなく、荒げた声が言葉を遮った。
 方向は左。声が聞こえる距離ではあるが、まだ遠い。
「急げ。奴らに話は通じない」
 続けて言い捨て、赤黒い男に背を向けて声のした方へ向かい直す。
 こちらに向かってくる足音は二〇人程度。「聖歌隊」としてはそこそこの規模だが、俺一人を殺すために派遣されたとなればかなり多い部類に入る。
 全員が、病的に白い長衣をまとっている。潔癖すぎる白はあまりに人工的で、森の中ですさまじく目立つ。
 だから、こちらが追う身になれば、殺すことはおそらく容易だ。
 近づくことさえできれば。
「〈これは神の怒りである〉」
 短い斉唱。
 後に続いて、腹に響く轟音。
 白い集団を始点として、地面と水平に走る雷が炸裂する。
 直撃すれば人一人程度消し炭にする一撃を、かろうじて受け止めるのはアルカナの【十三番】の力だ。抑制に停滞、腐敗に抑圧──雷を押しとどめるだけの象徴と意思をあるだけ込める。
 体の前に構えた大鎌の刃の先で、雷が止まる。
 ただし、それだけ。
 自然現象ならば即座に消えるはずの雷光は、衰えることなく圧を加えてくる。
 バチバチと弾けるような音の向こうで、いまだ聖歌が続いているのが聞こえた。
 厄介なことに、相手は俺に対しての対抗手段を確立しつつある。過去に何人か仕留めそこなった残党が、情報を持ち帰っているのだろう。
 死神の姿で動揺を誘う術など、とうに使えない。現に、相対している今だって、聖歌に微塵の乱れも見られないのだから。
 どうするか、と思案していると、隣で土を踏む音。
 視界の端で赤黒い色が揺れて、思わずそちらに目を向ける。
「……きみは」
 低く抑えられた声が、雷の音に紛れながらも届いてきた。
 その表情は、赤毛に遮られて見ることができない。
 あくまで穏やかに、言葉は続く。
「あの人たちが死んだら、助かる?」
 数瞬、呼吸が止まる。
 不意を突かれた。雷を止める防壁が崩れなかったのが、自分でも不思議なくらいだ。
 死神のような姿を拒絶せず、あろうことか協力を申し出てくる人間など、今まで一人もいなかったのだから。
 視線を前方に戻す。
 雷の圧力は、いまだ衰える気配がない。
 鍛えられた聖歌隊の喉は、この程度の時間経過でガタがくるほど脆いものではないらしい。
「……あぁ、そうだな」
 そう返すと、隣で安心したように息を吐き出す音。
「じゃあ、これは依頼ということになるのかな」
「謝礼が必要ならいくらでも」
「あ……いや、そういう意味じゃ」
「冗談だ」
 払うものは払うが。
 しかし、殺人衝動を理性で抑えているはずなのに、殺人の依頼を受けるなどと言ってくるとは。否、それほどまでに、衝動が強いということか。
 見れば、彼の右手は既に刃物を掴んでいた。
 斬るより突くことに特化した、錐のような形状。
 視線を上げると、彼もこちらに顔を向けていた。色付き眼鏡に雷の閃光が反射して、表情を覗うことはできない。
「僕はアディ」
 呆気にとられる間もなく。
「えっと……一応、依頼になるなら名乗っておいた方がいいかな、って」
 そう言われてしまえば、苦笑を返す他ない。
 随分と久しぶりに、人間らしい会話をしているような気がする。
「〈十三番〉だ。そう呼ばれてる」
 今度は、赤黒い男が──もとい、アディが呆気にとられる側だった。表情がほとんど見えないのに、きょとん、としているのが分かるのは、地が表情豊かだからなのだろうか。
 実際、名前らしい名前を聞いたわけでもないのに、すぐ後には「うん、よろしく」と言ってのけるあたり、あまり深くは考えていないような気もするが。
 ともかく。
 まずは、足止めされている現状を打開しなければならない。
「奴らの集中を切らせば、この雷は止まる」
 努めて簡素に説明すると、アディはこくりと頷いて応えた。
 しかし、最短距離を貫くルートは雷の荒れ狂う危険地帯。森の方から隠れて進み、背後を突くのが得策だろう。
 と、思ってはいたのだが。
「それなら、すぐにできそうだね」
 なんでもないことのように言うアディが、二、三歩後ろに下がる。
 問い直す時間は与えられなかった。
 足裏から微震を感じるほどの衝撃と共に、アディの体が加速。
 低く沈めた姿勢から一気に跳びあがり、勢いそのまま岸壁を走る。眼下で雷が炸裂しているにも関わらず動きに鈍りはなく、最後には崖を蹴ってそのまま白服集団の元へ突っ込んでいった。
「……な」
 呆けた声が自分の口から出たものだと気づくのに、しばしの時間を要した。
 思わず防衛のための力すら緩むが、それは向こう──白服集団も同じこと。衰える様子のなかった雷が勢いを弱め、絶えることのなかった聖歌は悲鳴と怒声が入り混じっている。
 雷の残滓を切り払うと、白服集団に一点、赤黒い異質が紛れていた。
 アディだ。
 あの移動方法の最中、標的を吟味することができたのかは不明だが、集団の中心にいた人物が最初の犠牲になっていた。
 赤黒いコートの背中に隠されているが、白服の体はぶらりと揺れ、足が地面から浮いているように見える。
 後ろに向かって投げ捨てるように、アディは白服を──死体となったものを解放。
 死体は顎の下から血を噴きながら地面に落ちる。白い服が赤く染められていくのが遠目に見えた。
 いっそ生物的と言った方が正しい殺人衝動。その発露が、これか。
 大鎌を片手に近づいていくと、生き残った白服集団はにわかに慌てだした。おそらく最初の被害者は集団の中心人物で、指揮者のような役割を担っていたのだろう。
 とはいえ、その指揮者がいなくなったとして、「信仰心」さえ持ち直しさえすれば、もう一度雷を呼ぶことはできる。
 持ち直す暇を与えるほど甘い人間が、ここにいればの話だが。
「…………」
 アディは無言で、次の標的へと向かっていった。
 二人目、三人目と殺していくたびに、刃物が振るわれる回数が増えていっているようにも見える。抑制が効かなくなっていくのか、あるいは鮮血に誘われるのか。刺す回数が多くなればなるほど、まき散らされる赤の量が増え、相手の戦意をことごとく削いでいく。
 アディ一人でも充分に殲滅できそうではあるのだが、それはこちらが手を抜く理由になりはしない。
 唯一平静を取り戻したらしい白服が、護身用らしい短剣を掴んでいる。目の前の脅威に気を取られすぎているのか、こちらを警戒する様子がない。
 残った距離を二歩で詰め、大鎌を振り抜く。身を守ることを想定していない長衣はたやすく裂け、袈裟懸けに肉と骨を断つ。
 振り返ったアディに視線を向けると、前髪で隠れていない左頬が濡れていた。返り血を薄める透明な液体は、涙か。
 それを見とめられたのは刹那の間だけで、互いに敵意のない者へ目を向ける暇などない。
 中心人物を亡くし、どうにか逆襲しようとした者すら喪って、白服集団に反撃の意志はないようだ。
 だからといって、刃が鈍るはずもない。
 血生臭い戦場は、さらに血色の深さを増していく。


     *


 白服集団の殲滅に、それほど時間はかからなかった。
 気づけば立っているのは俺とアディの二人だけ。そこらに転がった血肉からは、さっきまで聖歌やそれに伴う超常現象を起こしていたことなど感じられない。
 終わったか。そう思った途端、頭上から馬のいななきと蹄の音がした。
 アディと出会う直前、撒いたと思っていた追っ手だ。どうやらあの後、聖歌隊から離れた場所でこちらの様子を覗き見ていたらしい。
 またこちらの情報を知られることになったが、追いつく相手ではない。この際仕方のないことだと思って諦める。
 問題は、アディか。
 俺の仲間である、などという誤情報が伝わる可能性もある。加えて、さっきまでの苛烈さが、急激に消え去ってしまったことが気になった。顔を拭う動作にも力がない。
「移動しよう。別の追っ手が来ても困る」
「あ……うん」
 声をかけられてどうにか反応を返す、という体のアディ。
 この場に留まるのが得策でないのは明白で、血の匂いは俺でも酔いそうなくらいに濃い。
 とにかく見晴らしの悪い方へ──森の中へ進んでいくと、独特な土の匂いがどうにか死臭を薄めていってくれる。拭いきれないのは返り血だけで、それも偶然見つけた水辺がどうにか解決してくれそうだった。
 浴びた血を軽く洗い流すと、アディも多少は落ち着けたらしい。俺も大雑把に鎌の刃から血を拭い、ベルトで体に固定。得物を背負ってしまえば、白骨の腕も必要なくなる。
 解放したままにしていた【十三番】の力を抑えると、肩の後ろから生えていた腕が消える。
 死神らしくなっていた外見の要素は、ほとんどが通常の人間らしく元に戻る。骨のような色をしていた肌は肉の色を取り戻し、眼窩のようになっていた目も治っているはずだった。
 ただ、とある事情で失った両腕だけは、どうしても戻ってくることがないのだが。
「……あれ」
 顔についた血を落とし、色つき眼鏡をかけなおしたアディが振り返って動きを止めた。
「〈十三番〉、だよね?」
 眼鏡の奥で目をまばたきさせるアディ。
 背筋を凍らせるような殺意はどこにもない。これが、彼の素なのだろうか。
 ともかく、肩をすくめて応える。
「意外と普通の外見で驚いたか?」
「……ちょっと」
 ためらいながら言ったあと、アディは困ったように笑いながら言った。
「やっぱりリトはすごいな」
「?」
 話の流れは分からないが、今は保留しておくべきか。
「とにかく、巻き込んで悪かった。謝礼というか、報酬の話だが、」
「あ、それなんだけど」
 血を洗い流すために屈んでいたアディが、立ちあがってこちらに向き直る。
「たぶんだけど、僕、違う世界から来てるんだと思う」
 意味を飲み込むのに少し時間がかかったが、理解できないことでもない。
 アディが抱えているらしい殺人衝動と、それを拒否する理性。たとえばどちらかを強制的に個人の中に埋め込むとして、魔術の原理でも奇蹟の原理でも必要なのは象徴だ。そして、殺人衝動を司りそうなものは、見た限りではアディの中にはなさそうだった。
 しかし、違う世界。
「その発想がある時点で、文化圏が大きく違うようにも思えるな」
 世界そのものを司ろうと考えた元人間なら知っているが。
「それはリトが……えっと、違う世界から来た子を知ってるからなんだけど……ちなみに、ここってニホンじゃないよね?」
「ニホン? 地名か?」
「ううん、国の名前。つまり……リトの世界とは違うところなんだね」
 別世界は少なくとも二つ存在する、ということか。
 上機嫌に【世界】が踊りだすイメージが浮かんだ。奴がいたら、嬉々として話を反らしていったことだろう。たとえば、アディが知っている世界の話だとか。
 あるいは、自ら別世界を創りだすなんてことを言い始めるだろうか。
「なら報酬は、金貨よりも元の世界に戻る方法がいいということか」
「まぁそうだけど……あるの?」
「おそらくは」
 仮定を挟み。
「ここでの法則が適用されるなら、アディも魔術が使えるはずだ」
「さっきの雷みたいなのが出せるの?」
「やろうと思えば」
 そう言うと、アディは見るからにやる気を出して、こちらに身を乗り出してくる。どころか、心なしか色付き眼鏡の奥の瞳が輝いているようにも見える。なぜだ。
「言っておくが、帰り道を探す魔術から雷は出てこないぞ」
「えっ」
「むしろかなり地味な部類だ。過度な期待はするな」
 視覚的な話はともかく。
 必要なものは細長い棒状のもの。自分となにか関係のあるものだとなおよし。と伝えると、アディは迷うことなくコートから錐を取り出した。
 先ほど使っていたものとは違うらしいが、十分すぎるくらいには使いこまれているように見える。用途について言及すべきではないだろう。
「それじゃあ、錐の切っ先を地面に軽く刺して、帰りたい場所を思い浮かべてくれ。会いたい人でもいい」
「リト」
 アディは即答すると、跪いて言ったとおりに地面に錐を刺す。
「さっきも聞いた名前だな。どんな人だ?」
 これは、イメージの補助。
 魔術の発動は意思の強さで決まる。
「小さくて、ふわふわしてて、ぎゅってしたら暖かくて」
 小動物か? とは言わないでおく。
 こちらでは、アディはかなり高身長な部類だ。彼より小さい人間だってたくさんいるだろう。向こうの世界が──いや、そのリトという人物の住んでいた世界が異常でなければ。
「……絶対に、会いたい人」
「錐から手を放せ」
 言い終わるかどうか、というところで、アディは即座に号令を実行する。
「あれ?」
 アディの視線の先で、支えを失った錐は震えながらも直立していた。錐自身が、倒れる方向を考えているようにも見える。
 次第に、錐の柄尻が円を描き始めた。
 どう考えても物理的ではない動きに、アディが慌てて数歩下がる。
「な、なにかまずいことした?」
「いや、成功だ。最終的に錐が倒れた方向に、帰りたい場所がある」
 本来なら、自分にとって必要なものを探すための魔術なのだが。
 何回か円を描いたあと、錐はぱたりと呆気なく倒れた。
 水辺に沿って、もう一度森の中へ戻る──先ほど戦った場所から離れる方角だ。
「向こうに行けばいいってこと?」
「しばらく進んだら、また同じことをやって方角を修正していけばいいだろう」
 普通に倒れるようなことがあれば元の世界に戻れているのだろうが、その先を保障することはできない。
 倒れた錐をおそるおそる掴み、アディが立ちあがる。
「ありがとう、〈十三番〉」
「こちらこそ、アディ」
 短い会話を交わすと、アディは錐が指した方向へ走って行った。
 後ろ姿は家路を急ぐ子供そのもので、殺し屋や殺人鬼のような空気をまとっていたとは思えないくらいだった。
 赤黒いコートを見送ってから、反対の方向を見遣る。
 理性は白服集団の残党狩りをするべきだと言っていたが、そんな気分になれないのもまた事実。
 目下の問題だった、敵の主力部隊を殲滅できただけでも良しとするべきか。
 ひとまず、拠点としている場所へ戻るべく、アディが向かった先とも、白服集団のいた場所とも違う方向へ足を進めた。
 帰ったら【世界】から詳細な報告を求められるだろうことだけは、覚悟しておかなければならないが。



ハッシュタグ #景さん(サイト:はんだごて)のアディさんとうちの〈十三番〉(『No.13』)でコラボさせてもらいました

月景さんのイラストはこちら
 ──変わりものの錬金術師がいる。


 その男の噂は、以前から聞いたことがあった。

 不老不死、黄金の精製、人間の創造を目的とする、変人だらけの錬金術師。その中でも、男は飛び抜けておかしなことをやらかすらしい。

 いわく、なにかしらの実験をしていたと思ったら、その途中で材料を探しに山へ向かう。

 いわく、何日も家を留守にしていたと思ったら、ふらりと帰ってきて何日も出てこない。

 話を聞くだけでも、彼の行動に統一性や計画性などどこにも見当たらない。

 錬金術師は科学者である。

 世界の理を探り、その秩序だった真理を見出すという考えを持った錬金術師の中で、男の無秩序性は当然ながら嫌われている。

 彼の住み家に訪問するはめになったのは、単なる偶然、運命の巡りあわせによるとしか言いようがない。

 あるいは単に、つい面倒ごとに首を突っ込んでしまう悪癖の故か。

「本当に、ありがとうございました」

 そう言って頭を下げるのは、琥珀の瞳を持つ女だった。

 謝辞は二度目。最初は、街道で山賊に襲われかけていた彼女を助けたときに。

 今回は、「礼がしたい」と言う彼女に、森の奥にあるという屋敷へ案内されているときだった。

「何度も通っている道なのですが、最近は物騒な人が多くて」

 困ったように言う女。

 しかし、物騒な人間が増えるのにも理由があった。

 戦だ。

 ひと月前、隣国で若い王が即位した。若さ故の過ちとはよく言うが、血気盛んな若き王は自国の拡大を、すなわち戦を求めた。

 結果、この国は若さ故の過ちのとばっちりを受けている。

 まだ戦いは本格化していないものの、物価は徐々に上昇しているし、盗賊まがいのことをする者も増えた。

 自分のような傭兵がこの国に来たのも、ひとえに戦の──カネの気配を察したからだ。

 だから、通り慣れた道とはいえ、女が一人で道を歩くのは無防備にすぎる。

 そう指摘すると、「そうですよね」と女は一度頷いた。

「でも、これは私の機能ですから」

 ……機能?

 女の言葉選びに違和感を抱く。問い直す暇は与えられなかった。

「見えてきましたよ」

 数歩前を歩いていた女が、こちらを振り返って微笑んだ。

 その瞳は、薄暗い森の中にあっても煌めいているように見える。透きとおるような橙の奥に、深い茶色のもやがかかっているようだ。琥珀色の瞳と言ったが、本当に琥珀を光彩に埋め込んでいてもおかしくない。

 宝石類で飾りたてる舞踏会の貴婦人方が、嫉妬に狂いそうな瞳だった。

「あちらが、私の住居です」

 女が言葉を続けなければ、ずっと目を奪われていただろうか。

 我に返って、引きはがすように視線を動かすと、確かに行く手には一軒の屋敷があった。

 周りが開拓されていない割に造りは頑丈そうで、三階建てと背も高い。

 ただ、手入れが行き届いていないらしく、外壁はほとんど蔦で覆われていた。

「森に溶け込んでいるでしょう?」

 愉快そうに笑う女。

 しかし、その笑みを見ても、心のざわつきは収まらない。

 自分が首を突っ込んだ面倒ごとは、「襲われていた女を助ける」だけだったはずだ。

 それが今、奇妙な屋敷を前にして、甘い憶測だったことを思い知らされる。

 こんな場所に住んでいる人間が、「助けてくれた礼がしたい」などとまともなことを言うだろうか?

 振り返って走り出せば逃げられる。そうするだけの理由と感情は揃っているというのに、自分の体は女の背中を追っていた。

 あの瞳。

 琥珀と見紛う瞳は、邪なる眼だったのか。

 体が思い通りに動かない代わりに、思考は回転を速めていった。

 錆びた蝶番の音も、地下室へと向かう女の足取りも、思考が悪い方向へ転がり落ちていくのを助けている。

「旦那様」

 女の呼びかけで、自分の意識は現実へと向けられた。

 壁一面の棚に、所狭しと様々なものが並べられている。言語の統一されていない書籍、どこかから削り出したらしい岩石、ガラス容器に入った液体……絵に描いたような怪しげな実験室。

 呼びかけに応えて振り返った男は、思っていたよりもだいぶ若い。

「あぁ……ずいぶん待った」

 独り言のように、男は言う。

 年若い容姿には似合わない、血走った目がこちらを向いた。

 そこには狂気が宿っている。

 命のやり取りをする戦場で、強制的に血に狂わされる戦士とは別の狂気だ。

 世界の真理を、秩序を、法則を、全てを解明しようとする、錬金術師の狂気。

「誇りに思いたまえ。錬金術の極致、人間と貴金属の融合、その第一例になれるのだから」

 男の指は興奮に震えていた。

 右手で掴んでいるガラス瓶には、白い球が入っている。

「人間の創造、黄金の精製。その先になにがあるか、考えたことはあるかね?」

 気味悪く、男は笑う。

 ガラス瓶の中で、ころりと球が転がった。その「光彩」がこちらを向く。

 眼球だ。

 わずかな光すら反射して輝く、貴金属の瞳がこちらを向いていた。

 ──本当に琥珀を光彩に埋め込んでいてもおかしくない。

 女の瞳に抱いた印象が、にわかに現実味を帯び始める。

 依然、体は動かない。

 目の前に迫る脅威を避けることができない。

「まぁ、君は考える間もなく、体感することになるがね」

 言いながら、錬金術師の男は手をこちらへのばしてきた。

 特殊な器具を持っていないのが、むしろ恐ろしさを助長する。

 かぎ状に曲げた指が自分のまぶたを持ち上げ、そして──

 夕日の色が赤ならば、朝日の色は青だと思う。
 太陽が昇りきっていない間、街の色はどこか青みがかって冷たい。夜の色が尾を引いているせいか、それとも街が眠りから醒めきっていないせいか、単に季節のせいなのかと言われれば、間違いなく最後の選択肢が科学的で現実的なのだが、できれば一番目か二番目であってほしい、と私は思う。
 科学も現実も、ハッキリしていればしているほど、私に安心感を与えてくれるものではある。分かりやすく、単純にものごとを確定してくれるのは、確かに安心以外のなにものでもない。
 けれども。それが楽しいか、楽しくないかは別の話。
 尾を引いて残る夜も、寝覚めの低い体温を具現化したような街も、私のバカげた妄想でしかない。が、そう思っていれば徹夜明けの朝日という苛立ちと憂鬱の根源も愛しいものになるはずだ。
 ごつり、と鈍い音をわざとたてて、私は冷え切った窓ガラスに額を当てる。一晩の間に発熱能力の弱まった体は、必要以上に寒さを訴えて芯から温度を下げていく。脳の真ん中へ突き刺さるような冷たい鈍痛。これは、目に刺さる青い光のせいなのだろうか。それとも、痛覚神経を誤作動させる窓ガラスの冷たさのせいだろうか。
 あまりに、寒い。あまりに、冷たい。
 夜明け前が一番冷えるとは言うものの、新たな始まりと言うべき朝が、一日の誕生と言うべき朝が、こんなにも冷たくていいのだろうか。
 街はいまだに動き出さない。
 動き出してはくれない。
 止まっている。停止している。停滞している。
 私以外の生物が止まり、地図から名前が消えた街は、いつまで経っても目覚めはしない。
 死も逃亡も許さず、私を軟禁し続ける街は、眠っているのではない。
 この街は死んでいる。この現実が夢か妄想なら、どれだけ心が楽だったことだろうか。

お題:明け方の街
by フリーワンライ企画さま @freedom_1write

 なんで目覚めてしまったのか、自分でもよく分からない。
 意識を取り戻して最初に知覚したのは鉄の味だ。次に寒さを感じて、身じろぎしようとして手足の感覚が薄いことに気がついた。視界がぼやけているのも、どうやら脳が目覚めきっていないから、というわけではないらしい。
 考えてみれば、たしかにおかしな話だ。
 意識を手放す前に感じていた痛みが、今はやけにおとなしい。
 痛覚を司る神経が死んだのか、あるいは脳内麻薬がそれなりの役目を果たしたのか、俺には判別がつかない。
 分かることと言えば、すぐそこに冥府が近づいていることくらいだろうか。
 ひどい死に様だな、と思わないこともない。ただ、理不尽な死ではなかった。
 少しヘマをしただけだ。
 相手を間違えた。力量を見誤った。一時の感情に身を任せた。
 言葉にすればたったそれだけの、しかし言葉通りに致命的なミス。
 バカな自分を慰めようと笑んでみても、咳のような息が吐きだされただけだった。
「──生きてるの?」
 まさか、その咳に応えるやつがいるとは思わない。
 幻聴だと思った。声に聞き覚えはないが、先に逝った知り合いの誰かが手招きしてるんだろう。残念ながら、そこまでされても行きつく先は同じだ。こっちから向かってるんだから迎えになんざ来なくてもいい──と、無駄な軽口さえ思い浮かぶ。
 けれどもどうやら、声の主は実体を持って生きているらしい。
 視界に入ってきたのは白だった。
 ぼやけた目には刺激が強い。さっきまで目に入っていたのが薄汚れた天井だけだったのだから、なおさらだ。
 細部は見えないが、声から察するに女、それも成長し切ってない少女だと思われた。ではなぜ頭髪が白いのか、という疑問は残るが、肌の色が白すぎることにはなんとなく答えが出る。
 輪郭が人間のそれではない。
 と言うと大げさだが、尖った耳が横に突き出た独特の輪郭は、確かに人間のそれではない。
 エルフ族。
 よりにもよって。
 古くさい差別意識など抱かないように生きてきたつもりだったが、今回ばかりはそうもいかない。
 相棒を殺し、俺の腹に穴を開けて薄汚い部屋に投げ込んだのは、エルフ族の男だった。
 たったそれだけでエルフ族全てを憎むほど単純な頭はしていないが、死にかけた今だけは尖った耳を見たくないと思っても許されるだろう。自分の死を看取るものがいるだけ幸せだと思うべきなのだろうが。
「動けない?」
 白いエルフが問うが、そもそも答えることすらできそうにない。声を出すだけの深い呼吸さえできず、微かな咳を出すのが精一杯という体たらく。
 俺から答えがないと知ると、エルフは消えていった。灰色の天井だけが残る。
 あとどれだけ血を流せば死ぬのだろうか。
 ただ寝転んでいることしかできないのに、覚醒してしまった意識だけが回転を続けている。
 相棒は死んだ。
 相棒と言うのもおこがましい、優秀な捜査官だった。
 死と縁遠い職場ではないが、死ぬのを想像できないようなやつだったことは確かだ。
 そんな男が、死んだ。
 あっけないものだった。エルフ族の男はヒトならざる速度で移動して、相棒を殺した。退くという判断を下さなかった俺の腹を刺した。死体置き場のような部屋に投げ込んだ。
 多少の知識はつけたつもりだったが、どうやら俺はまだ魔学というものを理解できていなかったらしい。
「あなたも私を置いて死ぬ」
 姿は見えないが、白いエルフの声は平坦にそんな言葉を紡いだ。
「レオパールと同じ。でも、それなら」
 豹? と内心首を傾げる暇もない。
 ずり、と重いものを引きずるような音が聞こえてくると同時、エルフの手が俺の体に触れた。
 寒気が全身を駆け抜ける。血を失った体温の低下などものともしない心理的な冷たさが脳髄を揺さぶっている。
 エルフ族は、差別と迫害から身を守るために魔学という学問を見つけ出した。
 科学と対をなすそれは、当然ながら敵対者たるヒトに開示されることもなく現在まで秘匿されている。俺と相棒が追っていたエルフ族の男は、魔薬学──薬を作りだす魔学によって強いドラッグを作成、販売しているとして捜査線上に浮かんだ人物だった。
 では、ここにいる少女は。
 白いエルフは、一体なんの魔学を極めているというのか。
「私を恨んだら、殺してもいいから。レオパールのいない命なんて、意味ないから」
 涙声で言うエルフに、答える術はない。
 見えない位置でエルフが作業を進めると、灰色の天井以外のものが視覚できるようになってきた。ぼやけた視界とは別に、イメージが網膜や脳に直接叩き込まれる。
 見えてきたのは、黒い豹だった。
 体毛も瞳も爪も、光を吸い込みそうなほどに黒い、一匹の豹だった。
「……〈私は奪う〉」
 エルフが絞り出すように告げる。
 遮ることはできない。体は言うことを聞かず、精神は黒豹の視線に縫いとめられて抵抗をやめた。魔学への嫌悪感も嘘のように流れていった。
「〈私は奪う。屍が糧となり、土となる未来を私は奪う〉」
 黒豹の瞳はむしろ穏やかだった。波ひとつない水面のような平静さで、まっすぐに俺を見つめ続ける姿は、肉食獣というより草食動物に近い。あるいは、知性を持つヒトに。
「〈私は奪う。命が絶え、生が終わり、屍となる未来を、いまこのときだけ私は奪う〉」
 レオパール。
 エルフが呼んだのは、この黒豹だったのだろうか。
 だとすれば、これは、
「〈屍と命は混じりあい、私の──〉」
 エルフの言う屍と命は、
「帰ってきて……レオ」
 豹の名が呼ばれた瞬間、俺の意識は電源でも切られたかのように再び闇に落ちた。
 もう一度目を覚ます、なんてことがあったら、そのとき俺はすでに人間ではないのだろう。
プロフィール
HN:
射月アキラ
性別:
女性
自己紹介:
一次創作・オリジナルなファンタジー小説書き。
普段はサイトで好き勝手書き散らしているが、そこでページ作るのもめんどいと思ったらこっちで好き勝手書き散らす。短い話はだいたいこっちに投げられる。
褒めても喜びけなしても喜ぶ特殊体質。
ついった:@itukiakira_guri
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